=HE6 episode:03-5=


「…ワーオ!親方、空に女の子が!」
 空に女の子はともかく、親方と呼ばれるような人物はこの場にいない筈だが、とハウンドは戸惑いを浮かべたが、彼の戸惑いを察したのだろう博士は、『この男の発言は考えるだけ無駄だ』と忠告した。実際その通りのようで、空に浮かぶ人物が女だと認識した瞬間黄色フード男はピーピーと指笛を吹いたり大きく手を振ったりと、ナンパでもしているような所作でその人物の気を引こうとした。
「ヘイヘイヘーイ推定・ベッラバンビーナ!遠すぎてちょっと顔よく見えないから降りてきてくれないかなー‥あとその可愛くないでっかいぬいぐるみもしかしてキミの趣味?ちょっとそれは流石にナイと思うなー俺!あー気を悪くしないで、見ようによっては美女と野獣かもしれないからとりあえず顔見せてよハニー!」
 ハウンドはチャルラタンが喋っている間にAIの混乱を抑え、状況確認を図ろうとした。先ほどまで恐慌状態で逃げ回っていたニグリ・シミアはぐったりと大人しく少女の腕に抱かれている。咄嗟にスキャン機能で生体反応を確認するが、眠っているのか気絶しているのか、意識を失っているだけのようだ。
「博士、これは一体」
 咄嗟にアイカメラを再起動し、状況を博士の元に送信すると博士もまた驚愕の声を上げた。
『…どういう状況かわからない。とにかく危険だから、大人しいうちにニグリ・シミアを拘束し、少女から話を聞きなさい』
「了解です」
 ハウンドが再び顔を上げたとき、少女の前にぴょんぴょん跳びあがり何事か喋っているチャルラタンの姿が見えた。
「ホラやっぱりベッラだ!お嬢さん俺とあそぼーぜ!この街なら俺の庭みたいなモンだしどこだって案内するからさー」
 少女は猿を抱えたまま、うるさそうに眉根を寄せて、跳ねる男を見つめている。
「そこのお嬢さん、聞いてください」
 ハウンドが呼びかけると、少女が緩慢な動作でこちらを見下ろした。その恰好は、上下ともわずかに光沢のある黒。ぴったりとした袖の無いハイネックに、ショートパンツを着ている。歳の頃は16,7だろうか…緑の髪と、両目とも虹彩が桃色と緑に分かれた奇妙な色の瞳。髪の間から出ている黒い羽根のような形をしたものは位置関係的に見て多分耳だろう。純白の甲殻が膝下を覆い、足先はすぼまって角をとった刺のような形をしている。甲殻は腰のあたりからも生え、黄金色の4枚翅を支えている。人間離れしたパーツが色々とついているようだが、それ以外の造形は人間の少女そのものだ。
 翅をわずかにしか動かしていないところを見ると、彼女を空中にとどめているのは何か別の力のようだ。二の腕まである黒い手袋を嵌めた指先が、同じように黒く輝くニグリ・シミアの背を、優しく寝かしつけるように、ゆったりと撫でている。
「その猿は凶暴な宇宙生物です。危険ですから、どうぞ降りてきて、その生物をこちらへ」
 ハウンドが手を伸ばしこちらへ来るよう促すと、少女は獰猛な目でハウンドを見下ろした。初対面だが、いい印象を持たれていないようだ。
「あんたたちでしょ、この子を追い回していじめてたのは」
 澄んでいながらも、気丈で厳しい声音が降ってくる。そのように見えたのだろうか、追い回していたことは事実だが。
 ハウンドは少し驚いて訂正した。
「いじめていたのではありません、私は銀河連盟の指示のもと、密輸された生物を保護しています」
「ふうん」
 少女は興味無さそうな返事をし、上からじろじろとハウンドを眺めまわすと、挑戦的な笑顔を浮かべた。
「まあいいわ、どっちにしろもう私のだから。ニグリ・シミア、前からほしかったの」
 少女のとんでもない言動に、ハウンドは目をチカチカと点滅させた。勿論、容認できることではない。
「だめです、元々住んでいたところへ帰してやらなければ」
「だめじゃないわ、私が拾ったんだから私の。そういうことだから、帰って」
 ぐったりしている猿を抱え直し、少女は苛々した様子でハウンドを睨んだ。白い触角の先が、心なしか膨らんでいる。
「待ってください、そのニグリ・シミアは子猿です。親のところへ帰してやりたい」
「マジかよその大きさで子猿!?ってことは大人はゴリラサイズだなァー育ったら餌代すげーぞ!」
 チャルラタンの軽口のとおり、大人はゴリラほどの大きさがあり、子供に比べ体も堅い。逃げ出した個体は子供ゆえに体が小さく身も柔らかく、わずかに広げた檻の隙間に体を通すことができたのだろう。そして多分、一緒の檻に入れられていた二匹が親だったのだ。
 少女はハウンドの説得に、益々心象を悪くしたように不機嫌な表情を見せた。
「子供だから何。親なんてどこにもいないじゃない!」
 駄々をこねるような少女の口調に、研究員の子供に散々手を焼かされたことを思い出し、ハウンドの口調は子供をなだめるようなものに変った。
「その子の親は、その子を逃がすため必死に檻を曲げて隙間を作ったんだよ。子供だけでも逃がそうとして」
「自分たちの分の餌が減るから追いだしたのよ。この子だって親なんてどうでもいいから、置いて逃げてきたんだわ」
 どうしても譲りたくないのか、少女は唇を堅く引き結んで目を吊り上げている。
「それは親に会わせてやればわかることだよ」
「…あんた、嫌い!」
 どうやら嫌われたらしい。完全に敵意を向けられてしまった。
「なー嬢ちゃんよー、その猿返してやろーぜ!な!俺の飯のためにもさ?なんなら代わりに俺のこと可愛がっちゃう?」
 我慢して比較的静かにしていたらしいチャルラタンが見かねて口を挟むと、少女はつれない態度で答える。
「いらないわ、あんた弱そうだし、うるさい」
「アッハッハッハ言ってくれるねー!言っとくけどこのスタイルはやむなく低予算なんじゃなくて無駄のないシンプルさとエコに基づいたデザインなわけよ、見た目で判断すると後悔するぜ?いいからモンキーちゃん渡しなさい?」
「嫌!」
「そう?じゃあ悪いけど力づくだなー!」
 チャルラタンは喋りながら少女の傍まで跳び上がり、少女に手をかざした。
「何…」
 咄嗟に少女が身を引くと、男の手は少女の浮いているあたりの空をかき…何かにぶつかった音を立てた。
「んんっ!?」
「やだ、やめてよ!!」
 何もない空間だと思ったところに手が当たったことで、チャルラタンが驚きの声を上げ、少女の方は悲鳴を上げた。少女の身体は前後にぐらつき、そのあたりの空にノイズが走った。一瞬だけ浮かび上がるのは、ゆらゆらと揺れる小型の飛空艇のようなシルエット。

「何だアレかっけえ!?」
 目を輝かせながら着地したチャルラタンに、ハウンドは一言呟く。
「光学迷彩だ」
 すぐにハウンドのスキャン機能が、揺れが収まると共に再び透明になった飛空艇を認識する。浮いているように見えた少女は、限りなく静かに滞空する飛空艇の翼部分に座っていたのだ。
『見たことの無い型だが、銀河連盟で使っているのに形が似ているな』
「やはり彼女はエイリアンでしょうか」
 博士からの通信に応えている間に、バランスを取り戻した機体の上で少女が怒りの声を上げた。
「落ちちゃうじゃない!」
「俺にオチちゃうって?参ったなぁーモテる男は辛い!じゃあもういっちょ行くぜベッラ?おいハウンドちゃん、アレ落とすから、猿は任せた!」
 少女の抗議は、猪突猛進ヒーローを逆に焚き付けることになった。ハウンドが静止する間もなくチャルラタンは不穏なことを良いながら地面を蹴った。先ほどより高く跳んだが、今度は少女を狙わずその下の機体へとりつき、両手を押し付ける。
「下へ参りまぁすっ!」
 男が手を押し付けたところが凹み、透明な機体ががくんと揺れた。
「きゃああっ!?」
 少女の悲鳴が響き、飛空艇は突然地面に引き寄せられるように、ノイズを走らせながら急降下した。チャルラタンが笑いながら少女を落下する飛空艇から攫うのを見て、ハウンドも少女の膝から落下したニグリ・シミアにリーシュを伸ばし、巻きつけて引き寄せ、仰向けにスライディングする形で受け止めた。幸い傷は無く、まだ意識を失っているようだ。受け止める者のいない飛空艇は点滅しながらかなり大きな音を立てて地面とキスをし、地面にヒビを入れて止まった。
「あーはははははは!グラーヴィティーーー!!」
 少し離れたところにチャルラタンが少女をいわゆるお姫様抱っこで捕まえたまま着地し、謎の雄たけびを上げている…多分キメ台詞なのだろう。一瞬呆然としていた少女はばたばたと暴れ、男の腕の中から逃れようとした。
「嫌!離しなさいよイナゴ男!」
 イナゴ呼ばわりされても特に意に介さず、黄色いフードのゴーグル男は楽しそうに少女を羽交い絞めにしている。一見するとチャルラタンが悪者だ。
「ところがどっこい離せないんだなぁゴメンネ!一応容疑者確保っていうか、君と俺の間に万有引力が発生しちゃったからさぁホラ恋と言う名の?」
「気持ち悪い、離して!離せぇえっ!!」
 怒りと恥辱に顔を真っ赤にした少女が大声を上げ、それまでほとんど動かしていなかった4枚の翅を広げた次の瞬間。
「……っ!?」
 余裕の笑みを浮かべていたチャルラタンが、引き攣るような悲鳴を上げて膝をついた。腕の拘束が解けた少女は、突然無抵抗と化した男を甲殻に覆われた脚で思い切り蹴り飛ばした。
「チャルラタン!何をされた!?」
 やや尖った脚先がみぞおちの辺りに入ったらしく、チャルラタンは体を折り曲げて地面に転がったが、何故か両手で押さえたのは蹴られたみぞおちではなく頭だ。苦しげな声を上げ、足をわずかにばたつかせている。
「フフ、いい気味だわ!動けないでしょ、脳みそがグラグラして」
 少女は、地面に転がる男まで歩み寄り、顔を覗き込んでいるようだ。ハウンドは彼女が広げている4枚の翅が、人間の肉眼ではとらえられないほど細かく震えていることに気づき、博士に伝えた。
「少女の翅が振動しています…これは」
『恐らく音波攻撃だ』
 サラが遠隔でハウンドの聴覚センサの感知範囲を引き上げると、ハウンドにもチャルラタンを苦しませている音を認識できた。頭痛を起こさせ、脳が揺れるような強い不快感を与える音だが、ロボットであるハウンドには効果が無い。先ほどチャルラタンが感じたという耳鳴りは多分、ニグリ・シミアを気絶させたものだろう。
『これ以上あいつの脳がどうにかなる前に止めさせろ!』
「了解」
 博士との通信の間に、ニグリ・シミアに巻き付けたリーシュを形状固定したハウンドは一人、チャルラタンの元へ走った。
 と、チャルラタンを観察するのに飽きたらしい少女が近づいてきたハウンドを振り向き、ぎょっとした表情をした。
「あんた、何で立ってるの!?」
 この少女はどうやら、ハウンドのことを知らないらしく、人間だと思っている。驚いた拍子に翅を動かすのもやめたらしく、苦しんでいた男が、ぐったりと四肢を投げ出した。
「君は一体何者だ」
「……あぁ、そのダサいヘルメットのせいね。もっと音量上げてやろうかしら」
 できればロボットであることは言わないでおこうとしたが、それをされると、今度こそチャルラタンがどうなるか分からない。ハウンドは渋々種を明かした。
「…言っておくが無駄だ、ロボットの私にそれは効かない。認識はできるが痛手とはならない。君は何者だ」
「ロボット?なにそれ、ずるい!」
「君は人間か、エイリアンか」
「…つまらないから帰るわ」
 少女は踵を返し、先ほどチャルラタンに落とされた飛空艇へ歩いて行こうとする。
「待ちなさい、君は…」
「少しでも動いたら、今度こそそいつの脳みそぶっ壊すから」
 脅しの言葉にハウンドはぎょっとして、ストップモーションのように歩みを止めた。そいつと言って指差されたのは、地面にぐったり倒れているチャルラタンだ。少女の力が実際に人間を再起不能にできるほどの力を持つのかは分からないが、気絶させたり苦しませる力がある以上滅多なことはできない。
「なっ‥」
『…お前用のリーシュを予備でもう1本作らせておけば良かったな』
 やり取りを見ている博士が悔しそうに呟いた。確かにリーシュがあれば、この距離からでも少女を素早く拘束できただろう。しかし今は元々のターゲットであるニグリ・シミアに巻き付けたまま。優先順位は明らかにあちらの方が上だ。
「本当にロボットなのね、不気味!」
 不自然な姿勢で硬直しているハウンドを見てせせら笑うと、少女は飛空艇へゆったりと歩いて行き、振り返った。
「あ、その猿はもういらないからあげるわ。じゃあね」
 ニッコリと手を振った少女を、カプセルのような形の飛空艇の蓋が覆い隠すと、飛空艇は立ち尽くすハウンドと地面に転がるチャルラタン、2人のヒーローの目の前でゆらゆらと浮かび上がり、再び透明になって消えた。


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 こうして、1年越しの任務は奇妙な形で終結を迎えた。高級ペットショップによる密売問題を摘発し、脱走した宇宙生物を無事保護したことで、ハウンド・エレクトロンとチャルラタンの名はしばしの間ニュースに取り上げられた。チャルラタンはスポンサーこそつかなかったものの、銀河連盟からそれなりの報奨金が出たようだ。Mr.ドッジの正体は伏せられ、サラはインベル社に直訴してベータ版の機体をテスト用として回収した。

 事件から一週間が経ち、やや落ち着きを取り戻したラボでは、皆がコーヒーブレイクをとっていた。
「それにしても、誰なんでしょうねこの女の子」
 記録映像を見ながら、もう何度目になるか分からない疑問をアルベールが呟く。
「ああ、それなんだが、映像を分析した銀河連盟から連絡があった」
 コーヒーを飲みながら手に持った情報パネルを見ていたサラに、ラボ内にいる全員の視線が集まった。
「正体が分かったんですか?」
「ああ、推測だが」
 ハウンドが問うと、サラは情報パネルに銀河連盟から送られてきたらしい資料を映し出し、中央のテーブルへ滑らせた。それを覗き込んだ皆の顔が、見る見るうちに曇ってゆく。博士にとってもあまり言いたくないことなのだろう、珍しく少し言いよどみながら、それでもその推測を口にした。
「彼女はおそらく…」

 ヒトとエイリアンのキメラ体だ、と。





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